殿が宮さまのところにお渡りになられた。青鈍の固紋の御指貫、桜の直衣に紅の御衣三つばかりを重ねている。宮さまを始めとして、紅梅の濃いのや薄い織物、固紋、竜紋など、その頃は八丈(24m…八尺の誤写か? )もの丈高のものはほとんどなかったが、女房達皆が着ているのでそこらじゅうが光に満ちている。唐衣は萌黄や柳や紅梅など色とりどりだ。
殿は宮さまの御前にお座りになられて話しかけられた。宮様のご返答の素晴らしさと言ったら、里の人々に束の間でも良いから覗かせてあげたいと思う。殿は今度は女房たちの方を見渡しなされて口を開いた。
「宮におかれては何事の憂いもないことでしょうね。こんなに素晴らしい女房達に囲まれていらっしゃるので、とても羨ましいものです。誰一人として見劣りする者がいない。名家の娘さんたちでしょう。大したものです。よくよく観てあげて仕えさせるのですよ。さて、この宮の御心がどのようなものであるか知って集まられているのか? とても卑しくて物惜しみさせたまう宮なので、私は生まれた時から一生懸命にお仕え申し上げてきたけれど、まだ新品の御衣ひとつ頂戴したことがございません。陰口として聞いておいてください」
女房たちが皆笑った。
「私を馬鹿じゃないかと笑われるのでしょう。振り返ってみると本当に恥ずかしいことばかりで」
殿が戯言をおっしゃられた時、内裏より式部丞某という使いの者がやってきた。使いの御文は大納言殿(伊周)が受け取られて、殿に差し出された。
「とても心惹かれる御文ですね。もしも許されるものなら、ぜひ開けてみてみたいものだ」
御文の包みを解いて殿がそう仰るので、宮さまは困った御顔をしている。
「畏れ多くもありますので」
そう言って、宮さまに御文が手渡されたのだが、手に取っても一向におひろげあそばされる様子を見せない。このような振舞をされる御心遣いがとても素晴らしい。
隅の間で、女房3、4人が褥を差し出して御几帳の側に座っている。
「あちらに行って、禄の用意をしましょう」
殿が立ち上がり、その場からいなくなったので、宮さまは御文をご覧あそばれた。御返しは紅梅の紙に書かれたのだが、御衣と同じ色なのでこの時のお気持ちが御返しを通して伝わりそうだ。このようなお心遣いに気付かれる人がいないだろうと思うととても残念な気がする。
「今日は特別に」
と言って、殿の方から禄が出された。女の装束に紅梅の細長を添えたものだ。肴など用意するとお使いの者に申し上げたのだが、
「今日はとても大切な行事があります。お許しください」
と、大納言殿にも申し上げて座を立たれた。