『造り物の桜が春風に』
妹さま君達もとても綺麗に装っていて、紅梅の御衣も宮さまにもひけをとらない程素晴らしい。三の御前(三女)は御匣殿や二の御前の姫君である原子さまよりも、大きくふっくらとしていて北の方とでも申し上げた方が良さそうだ。
北の方(高階貴子)もお渡りになられた。御几帳を引き寄せられたので、新しく出仕した女房にはお姿を見ることができないから、とても気になる。集まっている女房達の中には、供養当日の装束や扇のことを話し合っている者たちもいる。また、お互いに競い合って、
「私は特別なことは何にもしないわ。ただの有り合わせでなんとか」と言うと、
「いつものあなたの手ね」と、憎まれたりする。
夜になって里に帰る者もいる。こういうことでの里帰りは宮さまにも引き止めあそばすことができない。
北の方さまは、毎日お渡りになり夜までいらっしゃる。姫君さま達もおいでになられるので、お仕えする者たちの人数も少なくないのがとても良い。内裏からの使者は毎日お渡りになられる。
御前の桜だが、色が良くなっていく訳もなく、日に当たってしぼみ、見栄えが悪くなっていくのが興醒めな上に、夜、雨が降って来た。とても早く起きてしまい、桜を見るとすっかりみすぼらしくなってしまっていた。
「泣きぬれて 別れむ顔に 心おとりこそすれ」
宮さまに聞かれてしまった。
「雨の降る気配がしました。桜はどう? 」
宮さまがお目覚めになられたその時、殿にお仕えする侍たちや下衆の者たちが桜の元に大勢寄ってきて引き倒している。
『誰にも見つからないように、まだ暗いうちに引き上げてこい』
と、言いつけられたのだろう。が、明けてしまった。
「早く、早く」
慌てて桜の木を倒しているのがとてもおかしくて、
「『言はば、言はむ』と兼澄の事を思っているのか? 」
(※)山守は 言はば言はなむ 高砂の
尾上の桜 折りてかざさむ
と、素養のある者たち相手ならば言いたかったのだけど、
「その花を盗む人は誰? 悪いことよ。消えてしまうなんて訳が分からないわ」
と言うと、急いで逃げ出しながら、桜はすべて引き抜いて去っていった。殿のお心遣いはとても素晴らしい。茎に花が丸まって付き、どれほど見る甲斐もなくなってしまっていただろうかと思いながら部屋に入った。
掃部司の者が着て御格子を上げて、主殿寮の女官が掃除をし終え、宮さまが御起きあそばされた。
「あら、あの桜はどこに消えてしまったの? 明け方に『盗む人あり』と言っていたのは、枝などを少し折っていったのかと思っていた。誰の仕業なの? 見た? 」
「見ていません。まだ暗かったのではっきりと見えませんでした。白っぽい装束を来た者たちがやってきて、枝でも折っていくのかと気がかりだったので声に出てしまったのです」
「それにしても、どうやって盗っていったのでしょう? 殿が隠してしまったんですね」
「さあ、まさかそんなことはないでしょう。春風のせいではないでしょうか? 」
「そのように言おうと思って、隠していたのですね。盗みではなくて雨がふり(降り)にふって(降って)、ふるく(古く)なってしまったからなのね」
そのように機転を利かして仰られるのも珍しいことではないけれど、とても素敵だ。
殿がお渡りになられたので、寝乱れた朝の顔も時外れで殿の目に触れられぬように奥に引き下がった。
「あの桜はなくなってしまったんだね。どうしてこうも簡単に盗まれてしまったのかな。朝寝坊の女房達ばかりだからかな」
「けれど、『我より先に』と思っていましたので」
この言葉をいち早く聞きつけて、
「そう思っていたよ。他の女房はまず見つけたりはしまい。宰相とそなたくらいの者ろうと想像はしていた」
と、ひどくお笑いあそばす。
「それなのに、少納言は春風に罪を負わせたのですよ」
宮さまもお笑いになる、すごい。
「かごと負ほせはべるなんなり 今は山田も作らむ」
と、殿が吟じられるのもとても優雅で素晴らしい。
「それにしても、見つけられてしまったのは悔しい。あれほど気を付けるように言ったのに。このような注意深い者がいるとわかっていたからこそ戒めたのに…。」
「春風とは、空にいとをかしう言ふかな(それにしても春風とはとても見事に言ったものだな。)」と、吟じられる。
「ただの言の葉として、細かいところまで良く気が利いていましたね。今朝の桜の様子はどれほど酷かったんでしょう」
と、皆を笑わせあそばされた。
「けれども、とても早いうちに見つけて、『雨に濡れて見る影もない』と言ってましたよ」
小若君が、そう仰られるのを聞いて、とても悔しがりあそばされたのも面白い。
(※)桜見に 有明の月に 出でたれば
我より先に 露ぞおきける
山田さへ 今は作るを 散る花の
かごとは風に 負ほせざらなむ