故殿道隆さまの御喪に服していた頃、六月つごもり(晦日)の御祓という行事が催された。その日は、宮さまがいらっしゃる職の御曹司は方角が悪いので、方違えに太政官庁の朝所にお渡りになられた。朝所とは、正式な儀式などの際に参議以上の貴族が会食をしたり政務をとったりするところだ。その夜は非常に暑かった。空には雲がかかっているのだろう、月も見えない。一筋の光も射さないすごい暗闇で、万事思い通りにいかないもどかしさでいっぱいになりながら夜を過ごした。
翌朝早くに目が覚めて辺りを見渡してみると、朝所はとても狭く瓦葺で格子などもなく、ただその廻り全体にぐるりと御簾がまわされている。なかなか珍らしくて普通の建物とは趣が違って面白い。女房たちが次々と庭におりきて遊びはじめた。庭木には萱草という草を使って目を粗く編んで造った垣根がとてもたくさんながら、整然と隙間なく並べられている。花は色彩豊かに房なりで咲いている、格式ばった所にとてもよく似合っている。
時刻を知らせる時司がすぐ側にあるので、鐘の音もいつもとは違ってとてもはっきりと聞こえ、その波は体を心地良く震わせるだろう。その音が聞きたくて若い女房達二十余人ほどが、そちらに走り寄り鐘楼の高い屋根に登った。薄鈍の裳、唐衣、同じ色の単襲、紅の袴などを着て登り立っているのは、天上人などとまでは言わないが、空より降りてきたのかと見惑う程だ。同じくらいの若さでも身分の高い上臈女房は節度を弁えなくてはならずその中に入れない。羨やましげに見上げている姿も面白い。
明るい時には鐘楼に登れなかった上臈女房達も日が暮れて暗闇に紛れられると分かると、皆で立ち交じり右近の陣へ物見に出て来た。武人の様子を見たり、弓や槍などを持ったり戯れながら大騒ぎで笑ったりして大きく羽目を外していた。
「上達部がお着きになる椅子などに女房どもが登り、上官などの居る床子も皆打ち倒し壊してしまった。こんなことをしてはなりません」など、苦言を発する者もいるが、そんなことはお構いなしだ。
屋根がとても古くて瓦葺のせいだろう、暑さも尋常ではない。御簾の外で寝ていると、古い所なので百足が一日中入れ替わり立ち替わり上から落ちてくる。蜂の巣は大きくて巣の回りにたくさんの蜂が付き集まるなどとても恐ろしい。
殿上人が毎日参上し夜も居明かすので退屈もしない。「秋ばかりではないのだな、太政官の地が今や夜会の場になろうとは」と吟誦する人もいたりして楽しかった。
秋になり流石に虫の声などは聞こえるが少しも涼しくはない風が吹いている。八日になり宮さまは内裏へお帰りになられた。前日の七夕祭でいつもより星が近く見えたのは、建物が狭く御簾をかけただけの造りなので外が近く空を良く見渡せたからかもしれない。