/活動日誌/閑話/16Day's 16Day's 3章の③ 二荒山 2026-03-21 ( 初回配信 2025-11-15 ) facebook tweet LINE はてブ Pocket 二荒山神社に着くと、まず目に飛び込んできたのは狛犬だった。いや、狛犬なのだろうが、どう見てもライオンである。あらゆる角度から眺めても、犬というより完全に獅子。これまで幾つも神社を巡ってきたつもりだが、こんな狛犬は初めてだ。考えるより先にシャッターを切っていた。境内では「包丁式」が執り行われていた。平安時代を起源とするといわれる、包丁とまな板への感謝を込めた儀式だそうだ。狩衣姿の包丁人が、まな板の上の鯉を、包丁と真ばしだけでさばいていく。手は一切触れない。その所作は静かで、迷いがない。見ているこちらの呼吸まで、自然と整えられていく。こんなに長くこの国で生きてきたつもりでも、知らないことはまだ山ほどある。日本という国は、時おり、こうして不意を突いてくる。気がつけば、正午ちょうど。いよいよ本堂へ向かう。正一位勲一等日光大権現の額を高く掲げた楼門をくぐり、表門へ続く道を進む。門へ向かう右手には五重塔の姿もちらりと見える。表門の手前で、思わず足が止まる。拝観料購入のための券売機に、六列ほどの長い行列ができていた。最後尾に並び、キャッシュレスで拝観料を支払う。時代は確実に前へ進んでいる。風神雷神像を両脇に据えた門を抜けると、ほどなくして、あの三猿が姿を現した。見ざる、言わざる、聞かざる。2017年春に修繕を終えた六代目の三猿である。修復が酷いという声もあったと聞き、どんなものかと思っていたが、実物は実に愛嬌があった。柔らかく、どこか無垢で、思わず頬が緩む。調べてみると、三猿は1923年、1951年、1973年と、修復のたびに顔が変わってきたという。なるほど、そういうものだろう。そもそも、創建当時の猿の顔がどうだったのか、そんなことを正確に知る者など、誰一人としていないのだから。過去は、残したものより、失われたものの方が多い。それでも人は、手探りで受け継ぎ、描き直し、祈りを重ねてきた。三猿は、そのことを黙って教えているように見えた。