/活動日誌/閑話/16Day's 16Day's 3章の④ 本堂 2026-03-21 ( 初回配信 2025-12-06 ) facebook tweet LINE はてブ Pocket 五重塔を過ぎ、馬具などが納められた三神庫に辿り着く。神厩舎の長押の上には、かの有名な三猿がいた。親子猿から幼少期、そして大人へと人生の段階を語る彫り物だという。だが、教訓めいた顔つきよりも、その沈黙の方がなぜか雄弁に見えた。陽明門、唐門、拝殿、神楽殿、祈祷殿。そして眠猫のいる東回廊へ。「眠猫の撮影は通路を避けた場所でお願いします」と控えめな掲示。眠っている猫ほど、扱いが難しいらしい。坂下門を抜け、奥社へ向かう。待っているのは、二百七段の石段だ。奥社拝殿、すなわち家康公の御墓所へ続く道。こう書くと、さらりと登り切ったように思われるかもしれないが、実際はまるで違う。最初は軽い気持ちだった。「ああ、これを登ればいいのだな」と。だが階段は曲がり角が多く、そのたびに視界を裏切る。「まだあるのか」「まだ続くのか」。終わりが見えたと思うたび、さらに段が現れる。その繰り返しが、じわじわと心を削る。二百七段など、数字だけ見れば大したことはない。だが急勾配と、この終わらない感覚が加わると話は別だ。足より先に、気力が折れそうになる。最後の段を踏み終えたとき、達成感より先にあったのは、「やっと終わった」という安堵だった。ともあれ、辿り着いた。家康公の御墓所を拝する。息を整え、静かに手を合わせる。帰りも同じ石段を下る。立派な建築をあらためて仰ぎ見ながら、薬師堂(本地堂)へ向かう。鳴龍で名高い場所だ。十五分ほどの入替制で、ようやく我々の番が回ってきた。中では若い僧侶が説明をしてくれる。三十四枚の檜板に描かれた、六メートル×十五メートルの龍。狩野永真安信の筆によるものだという。昭和三十六年の火災で失われ、堅山南風によって昭和四十三年に復元された。龍の顔の真下で手を叩くと、天井が鳴く。拍子木が打ち鳴らされるたび、音が波打って返ってくる。確かに、龍の下ではよく響く。僧侶は「鳴く」と表現したが、私には、龍の目がかすかに震えているように見えた。空気の振動の悪戯だろう。それでも、不思議な余韻が残った。宝物館に立ち寄り、15時14分、東照宮を後にする。四時間五十分。長いようで、振り返れば一瞬だった。札幌を発って以来の咳が、まだ続いている。15時43分、ツルハドラッグへ。北海道出身の薬局がここで踏ん張っているのが、なんだか嬉しく、のど飴と咳止めを買う。ささやかな応援のつもりだ。16時42分。Googleマップで洗車場を探し、フロンクスもまた、長旅の疲れを洗い流す。高圧洗浄機の水流で、「ドライブレコーダー搭載車」と書かれたマグネットが外れて落ちた。あとで拾おう、と思ったまま忘れてしまった。気づいたときにやらない。昔からの悪癖である。17時、今度は人間の番だ。洗車場から歩いて行ける距離にある、スーパー銭湯コール宝木之湯へ。湯に浸かると、石段で折れかけた心も、少し戻ってくる。17時48分に湯を出て、18時3分、宇都宮餃子の人気店・幸楽へ。さすが餃子県、どの店も駐車場がやたらと広い。幸楽も例外ではない。連れ合いと二人、焼き餃子二十四個、水餃子十八個。噂通り、驚くほどジューシーで、これで千四百八十円。安い。会計を済ませるころには、続々と客が入ってくる。いいタイミングだった。少し遅れていたら、しばらく待つことになっただろう。18時44分、RVパーク大谷着。衝立で仕切られ、四台分のシンプルな区画。こぎれいで、実用的だ。ここが今夜の寝床。初めての車中泊である。寝る準備に気合を入れる、主に連れ合いが。後部座席を倒し、前席を限界まで前に出し、荷物を隙間に押し込む。なんとか横になれるスペースを確保。電源を車内に引き込み、スマホを充電し、灯りをつける。寝転ぶことはできるが、起き上がれない。横向きのままビールで晩酌。静かに一日を飲み干し、そのまま眠りに落ちた。 250409181546015