里に退き隠れ住む日々が、じわじわと濃密に淀み、殿上人の馬車が家の前に停まる音が、ただ事ではなくなり、ひそひそと人々が囁き合う声が、むせかえるように耳朶を這う。だが、関わりある者たちから完全に姿を隠し、気配を消し去ろうなどという、峻厳な決意など持っているわけではないのだ。外の声など、あまり気にならないといえばそうなのだが。夜も更けて、わざわざ訪ねてくる者に対して、居留守を使い、不在だと告げて帰すなどという、恥をかかせるような真似が出来ようか。仲が良かったわけでもない、ただの知り合いまでもが訪ねてくるので、少しばかり煩わしい気もする。だから今回、里帰りの場所は、なるべく報せぬように、厳重に口を閉ざしていた。
ある時、元夫の則光が、訪ねてきた。
「昨夜も宰相中将信殿に、『そなたの妹、清少納言の居場所、お主ならいくら何でも知らぬはずはあるまい』と、何度も何度も問われました。それでも知らぬ存ぜぬと言い張りましたが、今度は無理にでも言わせようとしてきました。本当のことを知っているのに隠し通すというのは、結構、大変なことなのです。危うく口を割りそうになったのですが、台盤の上にあった若布をただ取って、むしゃむしゃと食べてなんとか胡麻化しました。食事時でもないのに、おかしな奴だと思われたに違いありません。されど、そのお陰で、言わなくて済み、本当に知らぬのだと信用してもらえました」
「何があろうとも、絶対に教えないでくださいね」
私は強い口調で念を押し、それから数日が経った。
夜も更けた時間に、門をおどろおどろしく叩く音がする。家屋から遠く離れた門でもないのに、ひっきりなしに叩く音が響いてくる。いったい誰が、このように執拗に叩くのだろうかと、不審に思い、出てみると、滝口の武士であった。則光の使いで、文を持って来たのだ。皆寝静まっていたので、灯火を近くに取り寄せて見た。
——明日、御経の結願に宰相中将信さまが御忌に籠られます。「妹のあり所申せ」と責められたら、もう打つ手がありません。お伝え申さずにはいられません。居場所をお教えしてもよろしいでしょうか
返事は書かないで、若布を一寸ほど紙に包んで持たせた。
また少し日が経って、則光がやってきた。
「斉信さまに一晩中責めたてられました。いろいろな所に連れ回されて、本気で本格的に責められました。とても辛かったのですよ。ところで御返事がなくて、ただ若布の切れ端が包んであったのですが、誰かと間違えたとか、内容を読み間違えたとか、そういうことだったのでしょうか? 」
——そんな間違い方をする人間がどこにいるだろう。若布を送る人なんていようか?
全くわかっていない。とても憎らしく感じたので、物も言わずに、目の前の紙の端に書いて渡した。
かづきする海女の住家はそこなりと ゆめ言ふなとや布を食はせけむ
又、文が来た。
——不都合なことがあっても、兄妹の契りを交わしたことは忘れないで、どこにいても兄を見てください。私を思って下さるなら、決して歌など詠まないでください。すべて仇敵と思います。もうお終いだ、仲を絶とうと思った時にこそ歌を詠んでください
崩れ寄る妹兄の山の中なれば さらに吉野の川とだに見じ
吉野川を挟み、妹兄二つの向かい合った山が崩れて近寄ってしまえば、川は埋もれてしまう。崩れてしまった妹兄は近寄らない方が良いでしょう、と歌を返したのだが、本当に見なかったのだろう。返事も来ず、それきりになってしまった。