(Wikipediaから引用 淑景舎=桐壺)
宮さまの妹であられる淑景舎原子さまが春宮に入内されたりと、この頃は喜ばしくないことが全くない。正月十日に入内なされて、宮さまの御方に御文などは頻繁に届くけれど御対面などはなかった。
二月十日、宮さまの御方にお渡りになられるとの御消息があったので、いつもより飾りつけに気を使い姿かたちを念入りに磨き繕い皆心づもりを終えた。夜中にお渡りになられたのですぐに夜が明けた。登華殿の東の二間にお入りになられたのだ。
翌朝とても早くから御格子を開け放して皆をお待ちしていると、明け方一番に道隆さまと北の方貴子さまが一つの御車で参上なされた。宮さまは職の御曹司の南に、四尺の屏風を西東を隔てるように北向に立てて、御畳と御褥を置いて御火桶をそちらに置かせた。御屏風の南、御帳の前には女房たちが大勢伺候している。
私は宮さまの御髪を整えていた。
「淑景舎のお顔は見られましたか」
「私などにどうして拝見できるでしょう。積善寺供養の日に御後姿を少しだけお見かけしただけです」
「ならば、その柱と屏風との間に近寄って我が後ろから見ていなさい。とても美しいのですよ」
宮さまからそう仰っていただけたので嬉しく思い、早くお姿を拝見したいという気持ちが一層強くなった。宮さまは紅梅の固紋、浮紋の御召し物の御裾に、紅の御打衣を三枚を上に引き重ねて着られている。
「紅梅には濃い衣の方が似合うわね。今は、紅梅は着ない方が良いのでしょうね。だけど萌黄などはあまり好きじゃないの、紅には合わないもの」
宮さまはとても楽しそうな顔でそう仰られた。お召しになられている御衣に御姿の艶やかな美しさが映える。妹君の原子さまも宮さまのようにお美しいのだろうと今から心がときめいてしまう。
宮さまがお席へ着かれたので、そろそろと御屏風に添い付いて覗く。
「みっともないわよ。見つかったら大変」
女房たちが宮さまに聞こえるように言ってくる。何も知らないのにと思うと面白い。
御障子がとても広く開いているのではっきりと見える。貴子さまは白き御衣に紅が艶やかで張りのある衣を二枚ほど身に着け、女房の裳を引きかけて奥の方で東向きにお座りになられているのでただ御衣だけが見える。淑景舎原子さまは北にすこし寄ったところで南向に座っていらっしゃる。紅梅の御衣を濃いのや薄いのをたくさん重ね合わせて、それに濃い綾の御衣、少し赤い蘇枋の織物の袿、萌黄の固紋の若やかな御衣をお召しになられている。扇をお顔に挿してお隠しになられているお姿はとても素晴らしく本当にご立派で美しい。道隆さまは、薄色の直衣、萌黄の織物の御指貫、紅の御衣を数枚と御紐をさして、廂の柱に背中を当ててこちらの方を向いてお座りになられている。お美しいお嬢様たちを目の前にして、笑いながらいつもの戯言を口にされている。原子さまが絵に書いたように美しく座っていられる様子を、宮さまはとても柔やかな顔でみつめられている。落ち着いた御様子が紅の御衣にとても良く映えて、この様に美しい方はこの世に他にはいらっしゃらないだろう。
宮さまに御手水が用意された。原子さまの御手水は、宣耀殿と貞観殿を通って童二人と下仕えの女房四人で持って来られるようだ。唐廂のこちらの廊に女房六人が伺候する。廊は狭いので女房の半数が残って御送りして残りは皆帰られた。童の桜の汗衫、萌黄、紅梅などが美しい。汗衫が長いので後ろに引きずって取り次ぎをする様子がとても可愛らしい。織物の唐衣が御簾からこぼれ出て、相尹の馬頭の娘の小将の君、北野の三位の娘の宰相の君などが近くに座っている、すごい景色だ。宮さまの御手水は当番の釆女が青裾濃の裳と唐衣を着て、裳の左右に垂らす幅広の装飾用の裙帯、襟首から細長い白い領巾を左右に垂らして顔を真っ白に塗って運んできた。それを下仕への女房が取り次いで差し上げる様子などがとても儀式ばっていて唐めいて素晴らしい。
御膳の時が来た。御膳に髪の毛が入らないように、御髪上の女官が参上して女蔵人どもや賄いの陪膳女官の髪を上げて準備をする。宮さまに御膳を差し上げる時に垣間見のために使っていた屏風も押し開けられたので隠れ蓑をとられたような感じだ。まだ見足りなかったので御簾と几帳との間の柱に隠れて見る。衣の裾、裳など、唐衣は皆御簾の外に押し出されるので道隆さまの目に止まり咎められた。
「誰ぞ、霞の間から覗いているのは」
「淑景舎を見たがって、少納言がそこにおります」
「あぁ、恥ずかしいことだ。少納言は古き良き知り合い、私にとても憎々しげな娘がいると思われたら困ります」
道隆さまはしたり顔で戯言を言う。原子さまにも御膳が用意された。
「羨ましいことに、そちらの方には御膳は用意された。早くお食べになって、翁と嫗に余り物で良いので下され」
とにかく一日中、猿楽言を言っている。
大納言殿伊周さま、三位中将隆家さま、伊周さまの御子松君も参られた。道隆さまはいつのまにか松君を抱っこして膝に座らせている。松君はとても可愛らしく膝の上で足をばたばたさせている。伊周さまは威厳があり美しく、隆家さまは剛の者として勇ましい御様子で、狭い縁に所狭しと御装束の下襲を散り広げている。道隆さまは御円座に座るように勧めたのだが、伊周さまは陣に詰めるとのことで急ぎ立ち戻った。
少したってから式部丞某とかいう帝の御使が参上した。御膳の出入り口の北の使いの者達が立ち寄る部屋に御褥をさし出して待ってもらった。宮さまは御返事を今日は早く出された。まだその褥も片付ける前に春宮の御使者として周頼の少将が参上した。渡殿は細い縁なのでこちら側の縁に褥をさし出した。御文を受け取って、道隆さま、貴子さま、宮さまが御覧になる。
「御返事を早くに」
道隆さまに言われても原子さまはすぐには動かない。
「私がいる時には返事を書かないのだね。そうでない時はすぐに返事を書くと聞いている」
原子さまは顔を少し赤らめながら微笑んでいる。
「疾く」
貴子さまも仰るので後ろ向きでお書きになる。貴子さまが近くに寄りそって一緒になって書かせようとしているが、原子さまはとても恥ずかしそうだ。松君が幼言葉で可愛らしく何か話している。
「宮さまの御子たちだと言って引き出だしても、おかしくはないだろう」
「本当に、どうして今まで御子が授からなかったのだろう」
返事が書き上げられたので、宮さまの御方より萌黄の織物の小袿と袴が用意され、隆家さまが御使者さまの肩にかけられる。周頼は困っている感じで立ち上がった。
昼も少しばかり過ぎた未の時くらいに、筵を敷いて帝が通る道の用意が整った。
「筵道参る」
声がすると間もなく衣擦れの音を微かにさせながら帝がお入りになられた。宮さまもこちらの母屋に移られた。やがて御帳にお二人がお入りになられたので、女房たちは皆南面に衣擦れの音だけを残して出て行った。
廊や馬道に殿上人がとても沢山伺候している。道隆さまは御前に宮司を呼び寄せて菓子と肴を殿上人に差し上げる。
「皆を酔わせよ」
道隆さまは宮さまに御子が授かることを願い仰られた。皆本当に酔ってしまい女房と物言ひ交わす頃には楽しい気持ちでいっぱいになられていた。
日の入る頃に帝は起きられ、山の井の大納言道頼さまをお呼びになって御袿をお召しになりお帰りになられた。伊周さま、道頼さま、隆家さま、内蔵頭など皆お供をする。
宮さまが今夜清涼殿に御渡りになられるということで、帝の御使者として馬の内侍の介が参上している。
「今宵はとても」
今日の夜はさすがにもう御渡りになられたくないようだ。
「とてもあるまじき事。早く参上しなさい」
道隆さまは御子のためもあり、宮さまを急かす。
春宮の御使者もしきりにやって来るので騒がしい。
御迎えに、帝付きの女房、春宮さま付きの女房なども参りて、「疾く」と急かす。
「それでは先に淑景舎を」
「私が先にとは……」
「やはり、あなたを先にお見送りしますね」
「それならば遠い方が先に……」
宮さまと原子さまとでやりとりがあり、とうとう原子さまが御渡りになられた。
道隆さまなどが原子さまのお供から帰ってきたので、とうとう宮さまが御渡りになられた。お供する道の途中でも、道隆さまの猿楽言に女房達がひどく笑って危なく打橋から落ちそうになる者が出る始末だった。