(写真はWikipediaより引用)
花山天皇が花山寺に向かう。
62段 人の家の門の前をわたるに
従者を引き連れて家の前を渡った。秘めきたる憑坐の男児。土の式神などもいる。十歳くらいの男児が、髪を妙な形に手繰り寄せまとめて垂らしている。また、髪は頸の元で括って、頬がとても赤くふっくらとしている。五つ六つばかりの男児が、妖しい弓、細い枝や杖のようなものを捧げている。車を止めて、抱き締めたいものだ。更に車を進めて行くと、薫物の香が次第に強くなりこの身が香りを纏っていく。
大鏡では、次のように記されている。
さて土御門より東ざまにゐて出だしまゐらせたまふに、晴明が家の前をわたらせたまへば、みづからの声にて、手をおびただしく、はたはたと打つなる。
「帝おりさせたまふと見ゆる天変ありつるが、すでになりにけりと見ゆるかな。参りて奏せむ。車に装束せよ」といふ声を聞かせたまひけむ、さりともあはれに思しめしけむかし。「かつがつ式神一人内裏へ参れ」と申しければ、目には見えぬ物の、戸をおしあけて、御後をや見まゐらせけむ、
「ただ今これより過ぎさせおはしますめり」といらへけるとかや。その家土御門町口なれば、御道なりけり。
花山天皇が出家した日と1日空けて、義懐と惟成も花山天皇の後を追い自らも法師となる。大鏡では、文盲であったがとても有能であった義懐が、惟成の言葉により政の世界から足を洗おうと決意した様子が描かれている。
帝出家せさせたまひてしかば、やがて我もおくれ奉らじとて、花山寺まで尋ねまゐりて、ひと日をはためて、法師になりたまひにき。その中納言、文盲にこそおはせしかど、御心魂いとかしこく、有識におはして、花山院の御時の政は、ただこの殿と、惟成の弁として行ひたまへれば、いといみじかりぞかし。
(中略)
この義懐の中納言の御出家、惟成の弁の勧めきこえられたりけるとぞ。いみじう至りありける人にて、「今更に、よそ人にてまじらひたまはむほど、見ぐるしかりなむ」と聞えさせければ、「げにさも」と、いとど思してなりたまひにしを、もとより起したまへる道心ならねば、いかがと人思ひきこえしかど、おちゐさせたまへる御心の本性なれば、懈怠なく行ひたまひて、うせたまひにしぞかし。