積善寺に着くと、大門のところでは唐土の奏楽が聞こえた。獅子や狛犬が踊り舞ひ、笙の音や鼓の声に心を奪われる。奏楽は空まで響き、何処の仏の御国に来てしまったのだろうと、天まで昇るような心地がする。
 お寺の中に入ると、色とりどりの錦の幕を張った参列者用の仮室に、青々とした御簾がかけてあり、布を縦に縫い合わせた幔幕も引いている、こちらも色々な色が使われていて、この上ない程の美しさだ。
 宮さまの御桟敷の側に車を寄せた。出発の時と同じように伊周さまと隆家さまが立っておられて、「疾く降りよ」と仰られる。乗る時もそうだったが、今は更に明るく顔がはっきりと見え、色の黒さや赤さの程度さえ見分けられる程だ。伊周さまは、とても威厳があり清げで、所狭しと御下襲をとても長く引きずり、簾をうち上げて「疾く」と言う。一心に繕い造り毛を添えて整えた私の髪も、唐衣の中で膨らんでおかしな形になっているに違いなく、伊周さまに見られてしまうことがやりきれなく、車を降りることが出来ない。「まず、後ろの方からどうぞ」など言うが、後ろの人も同じ気持ちのようだ。
 「後ろへ離れてください。もったいのうございます」
 そう言いながら、心を決めて車から降りる。
 「恥ずかしがるんだね」
 伊周さまは笑って離れてくださった。やっとのことで降りたら、伊周さまが近寄っていらっしゃった。
 「『むねたかなどには見せないで、なるべく人に見られないように隠しておろせ』と、仰せつかって来たのだが、察しが悪いね」
 伊周さまはそう言いながら、私を宮さまのところに連れて行ってくださった。そのように仰ってくださった宮さまの御心遣いに言葉もない。
 宮さまのところに参ると、初めの方で降りた女房達八人ほどが見物できそうな端の方に座っていた。その上の方に、一尺余、二尺近い高さの長押の上に宮さまがいらっしゃった。
 「ここに、立て隠して率いて参上したり」
 伊周さまが声を上げた。
 「どうだった」
 宮さまは、几帳の向こうからこちらに出て来てくれた。唐の御衣もまだお召しになられていた。見られてとても嬉しい。紅の御衣は並ではない。中に唐綾の柳の御衣、葡萄染の五重の御衣に、赤色の唐の御衣、地摺の唐の薄物に、模様を細く縁取った象眼を重ねた御裳などをお召しになられている。色も特別だが、それだけではなく、全てがこの世に二つとないものだ。
 「我をばいかが見る」
 「とても素晴らしく存じ上げます」なども、言葉にしてしまえば月並みだ。
 「長く待たせましたね、少納言。道長さまが、院の御供に着て人に見られた同じ下襲など御供には使えない。また同じでと笑われると言って下襲を縫わせ始めたの、それで遅くなったのよ。随分と人の目を気にする方だったのね」
 と言って、皆を笑わせられる。
 とても明るく晴れやかな場所では、宮さまは普段よりも更に美しさが際立つ。御額にかかる髪を簪で上げているので、御分目の御髪が片方に寄ってお顔がはっきりとお見えになって素晴らしい。
 三尺の御几帳一揃いを互い違いに置いてこちら側との仕切りにして、その後ろには畳一枚を横長に長押の上に敷いていて、中納言の君と宰相の君が座っている。中納言の君は殿の御伯父の右兵衛督忠君さまの御娘で、宰相の君は富小路の左大臣殿の御孫だ。
 「宰相はあちらに座るのが良いわ。殿上人のいる所が良く見えるわよ」
 宮さまはまわりを見渡して仰せられる。
 「ここに三人でも余裕で座れます、とても良く見えますわ」
 宰相の君は良く心得ていて、そのように申し上げた。
 「そう、それなら少納言、こちらにおいでなさい」
 宮さまはそう言って、私をお召し上げなされた。
 「殿上を許された警備の内舎人みたいね」
 「それは言い過ぎね。馬副くらいじゃない」
 長押の下にいる女房達は笑う。
 色々言われるが、そこに居て見られるのはとても名誉なことだ。しかし、かかる事を自ら言うのは自慢話と取られかねない。また、宮さまの御ためにも軽々しく言いふらして良いことではない。「この程度の者をお思いになられた」などと言われるかもしれない。しかし私にはどうすることも出来ない。畏れ多いことで申し訳ないのだが、起きてしまった事なのでどうしようもない。本当に身の程を過ぎた事もあったものだ。