五月の斎月の御精進の頃、職の御曹司の塗籠の前の二間になっていた所が特別に飾り付けられているので普段と趣が違い、どこかよそよそしい感じがして面白い。ただ、朔日から雨がちで曇りの日が多かったし、御精進なので取り立ててすることもなく皆暇を持て余していた。
「郭公の声を探しに行かない? 」
退屈は人を素直にする。私が誘うと、われもわれもと出でたち四人で行くことになった。賀茂の奥に橋があり、その辺りに郭公がたくさんいて毎日鳴き声が聞こえると人が言うのでそこへ行くことにした。声だけは知っていても、姿はなかなか見せない鳥である。だから人はことさらに会いたくなるのかも知れない。
五日の朝、五月雨の時は北の陣から車を入れてもお咎めなしということなので、宮司に車を入れておいてもらった。お陰で雨に濡れずに乗って行くことが出来た。他の女房達が羨ましがって、もう一つ車を用意してもらって行きたいと言っていたが、宮さまからお許しが出なかった。留守居を言い渡された者達への同情など、出立の高揚の前では郭公の羽よりも軽い。私たちはそんな事に目もくれずに車を走らせた。少し行くと馬場という所で人がたくさん騒いでいた。演習で真弓を射っているらしい。的に見事に当てるという行為は、いつの時代、どこの人たちにとっても、気分を爽快にさせる効果があるに違いない。
道中、宮さまの叔父の高階明順さまの家があったので車を寄せて降りた。田舎風で、豪勢な飾りを極限まで削ぎ落した簡素な造りだ。馬の絵を描いた障子、竹を薄く削って編んだ網代の屏風、三稜草の茎で編んだ簾など、殊更に昔風に彩られている。建物自体は頼りなげな風合いで、端の方が近くに見え奥行きが余りあるとは言えないが風情が有る。その不足が却ってよい。満ち足りたものにはない余白があり、眺めていると次第に味が深くなってくる。
本当にうるさく感じられるほどに郭公が鳴き合っている。この郭公の声を宮さまにもお聞かせすることも出来ず、あんなに来たがっていた人たちにも聞かせられないのが残念で心が痛む。
「こんな所だからこそ、こういうものを見てお行きなさい」
明順さまは、稲といふ物を多く取り出して、若くて器量が良い下女やその辺りの家のむすめや女など率いて来て五六人で稲こきをさせた。稲束を打つ音が乾いた小鼓のように続き、飛び散る籾殻は陽の光を浴びて金色の虫の群れのように舞った。見たこともないくるくる回る仕掛けを使って、二人の娘が向かい合って手を動かすと、白い糸が水際の蜘蛛の糸のように細く伸びていく。歌まで添えられると、機械仕事なのか祭の見世物なのか判然としない。初めて見るので、珍しくて笑って見ているうちに、気がつけば郭公の歌を詠むことなど遠い雲の向こうへ追いやられていた。
明順さまは、絵巻物に出てくるような懸盤などでご馳走してくれたのだが、誰も料理に見向きもしない。
「見た目は良くない田舎風ですが、このような所に来た人は、悪くすると『あるもので良いから』と私らを催促して召し上がるものですよ。手つかずで帰られるのは都会の人らしくありませんね」
など言って明順さまが私たちをもてなしてくれる。
「この下蕨は、私が手づから摘みとってきました」
「女官などのように、しっかりと並んで席について頂くのは少し……」
「御前たち女房がいつもやるように懸盤からとりおろしましょう。這い伏しに慣れている御前たちなればこそ」
いつものように料理をとりおろして食事の支度をし、皆で騒いでいたら雨の音が聞こえてきた。急いで食事を終え御礼もそこそこに車に戻った。
「さてこの歌は、ここにてこそ詠みましょう」
「……それも良いけれど、道中にて詠むのも良いでしょう。それよりあれを……」
卯の花がとにかくたくさん咲いている。白く小さな花が連なっているところを折り、車の簾や傍などに隙間なく長い枝を葺き挿していくと、ただ卯の花だけで出来ている垣根を牛に懸けたように見える。雨の中、供なる男どもも網代の隙間へ手惑いながらも突き挿していく。
「ここまだし、まだし」と懸命に挿している。車一杯に挿し終えたのでやっと車を出した。途中誰かに会わないかしらと思うが、名前もない法師や名もない庶民だけが時たますれ違うだけでとても残念だ。職の御曹司近くまで来てしまった。
「いくら何でもこれでやめてしまって良いものだろうか。この車のさまを人に語り継がせてこそお終いにしましょう」
帰る途中に、斉信さまの弟の藤侍従公信さまのいらっしゃる一条殿に車を停めた。
「侍従殿公信さまはいらっしゃいますか。郭公の声を聞いて今帰るところです」
使者に言わせた。
「『今すぐに参ります』と仰られていました。あなたさまのことを『我が君』と呼ばれてました。侍所で指貫をお召しで寛いでいたようでした」
「……。待つ必要もなし」
車を走らせて土御門の方へ向かわせると、公信さまはいつの間にか装束したようだ。帯は道の途中で結び、「しばし、しばし」と追いかけて来る。お供の侍や雑色が靴は履かないで走ってくる。まるで獲物を追う猟犬の群れである。
「疾くやれ」
車を目いっぱい急がして土御門に行き着いた時、公信さまは車の前に跳ぶように慌ててお出でになり、まずこの車の装いをとてもお笑いになる。急いで走ってきたのだろう、公信さまは小太りで汗だくになっていて、頭のてっぺんから汗が滴り落ちているようだ。
「うつつの人の乗りたる車とはとても見えません。皆さんもおりて見て下さい」
お笑いになるので、お供の人達も面白がって笑う。
「歌はどうしました、聞かせてください」
「今御前に御覧ぜさせた後に」
雨が本降りになってきた。
「他の御門とは違って、この土御門はどうして屋根がない造りなんでしょう。今日のような雨の日はとても憎らしく感じます」
「どうやって帰ったら良いだろう。こちらへ来るまでは、ただ遅れまいと必死で追いかけてきたので、人目も気にせず走ってこられたのだが。この格好で戻るのは気が進まない」
「一緒に参りましょう、内裏へ」
「それもどうでしょう、普段使いの烏帽子なんで」
「戻って取ってきてはどうですか? 」
雨が本気で降ってきたので、笠を持っていない私たちの供の男どもは牛車を中に引き入れてしまった。一条殿より持って来た笠を差させて振り返り振り返り、今度はゆるゆると車から取った卯の花を一輪だけ持って帰る公信さまの後ろ姿が物寂しい。
内裏へ戻ると早速郭公のことを聞かれた。一緒に行けなくて不満に思ってる女房から怨み言を言われ不愉快そうではあったが、藤侍従公信さまが一条の大路を走ってきた話のくだりではみな大笑いしていた。
「さて、いづら? 歌は」
「それがその、いろいろとございまして。詠もうと思ったのですが雨が降ってきたので道中詠もうという事になったのですが、何やかやで内裏まで着いてしまいました」
「何のために行ってきたの、がっかりだわ。お前たちのことが殿上人の耳に入ったら、何があっただろうと期待をすることでしょう。どうして郭公の声を聞いたその時、その場所で、ふと心に浮かんだことを詠まなかったの。良くないことですよ、ここですぐに詠みなさい。不甲斐ないですよ」
それもそうだなと、とてもやるせない思いで一緒に行った女房達とあれこれと郭公の話をし出していると、藤侍従公信さまから持っていかれた卯の花の枝に卯の花色の薄様に書き付けた歌が届いた。
郭公鳴く音たづねに君行くと 聞かば心を添へもしてまし
使いの者が返事を待っているだろうと局へ硯を取りにやったが、宮さまから御硯の蓋に紙などを入れて差し出された。
「これを使って疾く詠め」
「左京の小弐、どうぞお先に」
「いえ、あなたこそが」
譲り合っているうちに辺り一面が真っ暗になり、雨が降って雷も恐ろしいほどすごく鳴った。無我夢中で皆で蔀と御格子を一遍におろしてまわり、慌ただしくしているうちに歌の返事すら忘れてしまった。とても長い間雷が鳴り続き、少し止んで来た時にやっと歌の事を思いだした。今すぐにその返事を書こうと思って取りかかるうちに、皆人、上達部などが雷のお見舞いに参上なさるので、西面に出て応対しているうちにまた返歌の事が紛れてしまう。一緒に行った他の女房たちは「名指しで来たのだから、その人が返したら良いわ」と言って取り合ってもくれない。
そもそも郭公の歌に縁のない日なんだと憂鬱になって、
「今はもう、なんとかしてそのような所に行ったことさえ人に聞かれてはいけない、隠してしまおう」
「今からでも行った人達で出来るはずなのに、どうして詠まないのかしら。聞かせたくはないと思っているからでしょう」
「今は気乗りがしないのです」
「それで済まされる話ではないでしょう」
宮さまは不愉快そうだが、出せと言われても出ないものはどうしようもない。その日はとうとうそのままになってしまった。
二日ばかりたって、女房たちとその日の事などを色々話していたら宰相の君が訊ねてきた。
「どうでしたか、その手づから取ってくださった下蕨は」
「思い出す事といえば、そんなことだけか」
下蕨こそ恋しかりけれ
宮さまは、お笑いになりながら手元にあった紙にお書きになられた。
「上の句言え」
宮さまが仰られるのも洒落が効いている。
郭公たづねて聞きし声よりも
「あらあら、随分開き直ったわね。こうまでして、どうして郭公を出してくるの」
宮さまが重ねてお笑いになる。
「この『歌』というものを今後は一切詠みますまいと心に固く決めました。何かの折に『詠め』など仰られるなら、御側にお仕えできない気持ちになってしまいます。もちろん色々な素晴らしい歌を知らない訳でもありませんし、春に冬の歌を詠み、秋には春の歌を詠み、梅の時期に菊などを詠む事はありません。歌詠みと言われ侍りし者の子孫が少しだけ他の人に勝っていれば、『その折々の歌では、この歌こそ素晴らしかった。さすが、元輔の子なれば』など言われるのこそ、子である甲斐がある気持ちがします。しかし、私には全く特別な才能も無いのに、我こそは元輔の子だと胸を張って最初に歌を詠み出でるなんて、亡き父のために申し開きが出来ません」
「それならば、ただそなたの心にまかす。われは詠めとも言うまい」
宮さまは更に笑う。
「とても心が安らかになりました。今は『歌』のことを気に掛けないように致します」
それから暫くたって庚申会の日がやってきた。
人の中には三尸の虫がいて、その人の悪いところをじっと見ている。庚申の日の夜、その人が寝ている間に天に上って天帝に日頃の行いを報告される。内容によっては寿命が縮められたり、地獄に堕とされると言われていた。そこで、三尸の虫が天に上れないように皆で眠らずに夜を明かした。
伊周さまが庚申の夜を快適に過ごすために張り切って色々とご用意なさってくれた。夜がどんどん更けていくにつれて、お題を出して女房に歌を詠ませ出し始めた。皆、気色ばみ苦労して歌を捻りだしている。
私は宮さまの御前近くで話をしていた。
「どうして歌を詠まないで離れたところにいる。題をとりなさい」
私がなかなか歌を詠まないので、痺れを切らして伊周さまが仰られる。
「そうしなくて良いと承りて、歌は詠まなくても良いいことになっておりますので心にかけておりません」
「それは異な事。まことにそのような事があったのですか。なぜ許したのですか。あってはいけない事です。他の時はいざ知らず、今宵は詠め」
伊周さまに責められてもきっぱりと聞き入れずにいると、他の人達が詠み出だして良し悪しなど決める段になった。その時に宮さまからちょっとした御文をいただいた。
元輔がのちと言はるる君しもや 今宵の歌にはづれてはをる
「元輔の後と呼ばれている少納言なのよ、そなたは自信を持てないのかもしれないが、廻りはそなたのことを認めている。そなたの歌を聞きたがっているのだ。今宵の歌に外れていて良いのか」
宮さまからの温かいお言葉が心に染みる。このようなお気遣いは類なきこと。とても嬉しくなったのでずっと笑っていると、「何事ぞ何事ぞ」と伊周さまも、こちらを気になさっている。
その人ののちと言はれぬ身なりせば 今宵の歌はまづぞ詠ままし
「遠慮しなくて良いのなら、千首でも出して参りましょう」