14:20、真珠島を後にする。潮の匂いがまだ鼻の奥に居座っている。風はやけに冷たく、疲れた体を容赦なく打ちすえてくる。今夜の根城へ向かう道すがら、イオン鳥羽店に滑り込んだ。蛍光灯の白さも、並びきった商品も、北海道のそれと大差はない。だが、旅の最中にあるというだけで、すべてが少しばかり輝いて見えるから不思議だ。明日は伊勢参りだと思うと、胸の奥がざわつく。結局、かごに入れたのはビールとつまみばかり。人は大事な前夜ほど、ろくでもない献立を選ぶ。
15:21、鳥羽シーサイドホテルに到着。堂々たる建ち姿だ。海を背負い、客を選ぶような顔をしている。しかし、われわれはその屋内に迎え入れられる客ではない。広々とした駐車場の片隅で一夜を明かす、いわば外側の人間だ。明日だけでは足りない、伊勢には二度行く。だからここで二泊する。野営のチェックインなどという、妙におかしな手続きを済ませると、係の人が手際よく説明を与えてくる。野営客と申し出れば温泉用のタオルも貸すという。しかも大浴場が三つもあると来た。文明と野生が奇妙に同居している。
16:14、電源ボックスの鍵を受け取り、指定の場所へ落ち着く。まず寝床を拵える。次に命綱のような電気を、わずかに開けた運転席の窓から車内へ引き込む。空は怪しい顔つきだ。念のため雨どいを確かめる。これなら大丈夫だろう。用心深さは、年齢とともに増える徳の一つだ。トイレは外にもあるが、ここは迷わずホテルの清潔なものを使うことにした。野趣よりも快適さを取る。人間は簡単に裏切る生き物だ。
寝床の骨格が整うと、次は温泉だ。フロントで「野営の者ですが、タオルを」と頼んでみるが、言葉が水のようにすり抜ける。相手は外国人スタッフ、こちらは曖昧な旅人の言葉。噛み合わないのも無理はない。それに、そもそも野営客は今夜たった二組だという。珍客なのだ、われわれは。少しの混乱ののち、先ほどの係が現れて話を繋ぎ、無事にタオルを手に入れた。
岬の湯は工事中とのことで、汀の湯へ向かう。フロントの左を真っ直ぐ、折れてエスカレータを下る。さらに左、そして直進。まるで小さな儀式のような動線だ。辿り着いた浴場は、空と海がひと続きになるような場所だった。生憎の空模様で絶景とまではいかないが、それでも海は堂々としている。風に押し上げられた鴎が、無駄に高いところまで舞い上がっていく。
身体を洗い、湯に沈む。寒さで凍え切った皮膚に温かい湯が染みてくる。ふと見ると、禿げ上がった頭に手拭いを載せた、旅慣れた様子の男がいる。七十手前といったところか。軽く挨拶を交わす。北海道から車で来たと告げると、男は少しだけ目を細め、「俺も若いころな、大阪から北海道まで走ったもんだ」と言う。二階建ての時間が、一瞬で重なる。少し話し、すぐに離れる。旅の会話は長く続かない、それが良い。
湯上がりのサロンで連れを待つ。戻ると、夜が少しだけ深まっている。車に帰り、スーパーで仕入れた夕食を広げる。ビールで流し込む。味などどうでもいい。体がそれを求めているだけだ。やがて、抗いようのない眠気がやってくる。眠りに落ちるのも早い。