/活動日誌/閑話/16Day's /活動日誌/日経新聞抄 16Day's 7章の① 夫婦岩と猿田彦神社 2026-08-08 ( 初回配信 2026-08-08 ) facebook tweet LINE はてブ Pocket 4/13、いつものように夜明け前に目が覚めた。外では雨がかなり本気で降っている。だが旅の途中というものは不思議なもので、天気の状態などは精神の領域にはあまり侵入してこない。雨は雨として降っているが、こちらの気分はそれとは別勘定で、まだ十分に浮き足立っていた。 ところが寝そべっている身体が異常信号を発していた。背中から腰のあたりまで、じっとりと冷たい。 なんだ、これは? 飛び起きた。寝袋もマットも、左半身だけが見事に濡れている。昨夜、窓も隙間も何度も確認したはずだった。なぜだ。雨漏りか? 目を皿のようにして点検すると、犯人はすぐに見つかった。運転席側から引き込んでいた電源ケーブルである。雨水がそのケーブルを伝い、まるで用意された樋のように車内へ流れ込み続けていたのだ。 なるほど。失敗というものは、たいてい「これで大丈夫だろう」と思った、そのあとでやって来る。運転席はもちろん、周辺一帯までびしょ濡れだった。後悔というものはたいてい役に立たないし、役に立つ頃には後悔する必要がなくなっている。雨の中で寝床を片づける。目覚めの時とは一転し、気分も空模様に引きずられて少し重いが、まあ、やってしまったものは仕方がない。こういう日は腹を満たすに限る。気持ちは案外、胃袋に支配されているものだ。ホテルの朝食バイキングへ向かった。 伊勢神宮の駐車場は混雑するという話を聞いていたので、この日はバスで向かうつもりだった。食後にホテルで尋ねると、ありがたいことにホテルの前にもバス停があり、そこからお伊勢さんまで行けるという。 時刻表を見ると、ちょうど都合のよい便が間もなく来る。「CANばす」。いかにも観光地らしい、少し力の抜けた名前である。バスは雨に煙る街を走った。 しばらくすると右手に二見浦の夫婦岩が見えた。昔は伊勢神宮へ参拝する前に、この浜で海水を浴びて身を清めるのが正式な習わしだったという。禊である。もっとも、この日の空模様では近づいただけで充分に濡れる。それに旅の初日から続く咳がまだ居座っていた。私は無理をせず、バスの中にいながらにして、海水を浴びた気持ちになり、禊を行ったつもりになった。想像力はときとして非常に便利である。 やがてバスは大きく山を回り込む道へ入った。そこに突如として現れたのが、伊勢忍者キングダムである。織田信長の幻の居城、安土城を原寸大で再現したテーマパークだ。だが私の目を引いたのは城ではなかった。駐車場を埋め尽くすデコトラの列である。銀色に光り、赤や青の電飾をまとった巨大魚群のような車両が並んでいる。調べてみると、『遊楽会』なるチャリティー撮影会の日だったらしい。戦国の夢の城と全国から集まったアートトラック。現代日本という国は、ときどき脈絡なく面白い。 途中、猿田彦神社前でバスが停車した。連れ合いが以前から訪ねてみたいと言っていた場所だったので、迷わず降りた。 猿田彦大神。みちひらきの神である。天孫降臨の際、高天原から地上へ降りる瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を迎え導いた神。そしてこの地で天宇受売命と夫婦になった神。天宇受売命は?女君(さるめのきみ)とも呼ばれ、境内には、その天宇受売命を祀る佐瑠女神社もある。神話というものは本来、高い空の向こうにあるはずなのに、こうして社殿の前に立つと急に地面の匂いを帯びてくる。遠い昔の物語が、この伊勢の風土のなかでまだ呼吸しているように感じられた。 私は神妙な顔で拝礼した。旅を続けていると、ときどき説明のつかない瞬間がある。景色が変わったわけでもない。自分が変わったわけでもない。それなのに心の重心だけが少し移動する。そんな感覚だった。 伊勢神宮には天照大神が祀られている。そして天宇受売命は、天岩戸にお隠れになった天照大神を再びこの世界へ導き出した神である。考えてみれば、ここは伊勢神宮へ向かう精神的な前室のような場所なのかもしれない。心だけはすでにお伊勢さんへ飛んでいた。だが空は依然として小雨を落とし続けていた。 250413100947791 250413100953425 250413101006410 250413101332319 250413101606592 250413101825992