なぜ人は、ひとりで看板を掲げて生きるのではなく、わざわざ会社という厄介な群れの中に身を置くのだろう、と。
世の中には、一匹狼を気取る生き方もある。しかし現実はそう単純ではない。人にはそれぞれ、得意なことと苦手なことがある。万能選手などめったにいない。もし存在するとしても、それは伝説か誤解の類だろう。
だから人は群れる。
自分に足りないものを誰かに埋めてもらい、自分の持っている刃だけを思いきり研ぐ。その刃が何本も集まれば、一人では切り開けない藪も突破できる。
会社というものは、本来そういう装置なのだと思う。
たとえばソリューション部門なら、技術力がものをいう。
技術は大切だ。技術なくして仕事は始まらない。
だが、技術力が組織で一番高い人間が、そのまま一番優秀な人間かと問われれば、話は急にややこしくなる。
仕事というものは、たいてい一人では完結しない。
顧客がいる。協力会社がいる。上司がいる。部下がいる。関係者という名の登場人物が次から次へと現れる。しかも、それぞれが別の事情と欲望を抱えている。
その全員と話をし、調整し、ときには譲り、ときには押し返しながら、着地点を探していく。
これは技術書には載っていない仕事だ。
感情を飲み込む力もいる。
腹の立つことを笑って流す胆力もいる。
相手の懐に入る雑談力もいる。
時事でも、歴史でも、野球でも、酒でも、何でもいい。話題の引き出しが多い人間は、それだけ人の心に橋を架けやすい。
そして、ときには人を笑顔にする力さえ武器になる。
結局のところ、仕事をうまく回していく人間というのは、どこか一点だけが突出した人ではない。
総合力のある人間だ。
もっとも、総合力などというものを誰もが持ち合わせているわけではない。
人間は不完全である。
欠点は雑草のように生え、長所は庭木のように育ちにくい。
だからチームが必要になる。
技術は並でも、人を動かすことに長けた人がいる。
技術は誰にも負けないが、人と話すのは苦手な人がいる。
そういう人間たちが肩を並べ、それぞれの欠点を覆い隠しながら前へ進む。
仕事とは、案外そんな泥くさい共同作業なのだ。
だから、
「自分のほうが技術力は高いのに、なぜ評価されないのか」
そう思ったときは、一度立ち止まってみるといい。
怒る前に、自分を眺めてみる。
自分の刃は何か。
自分に足りないものは何か。
冷静に数えてみる。
人は往々にして、自分の長所には詳しいが、短所には驚くほど無知だからである。
人はひとりでは生きていけないのだ。