FRBが0.25%の利上げを決めた。
さらに年内にもう一度、金利を引き上げるつもりだという。
さて、今日から始まる日銀の決定会合では、どのような言葉が交わされるのだろうか。
世間が報じるように、やはり0.25%なのか。
答えは明日わかる。
こういうとき、経済というものは実に面白い。面白いが、同時に薄気味悪い。
かつて、「人類はインフレを制御する術をついに手に入れた」と得意げに語られた時代があった。
あれはいったいいつ頃の話だったか。
いま振り返れば、どうやらそれは早計だったらしい。
インフレという過去から連綿と続く厄介な病は、いまだ世界を席捲している。
結局のところ、人類はまだそれを完全には制圧していない。
経済は魔物である。
普段はおとなしい顔をしている。
教科書に書かれた原則どおりに動いてみせる。
数字は整列し、理論は整然と並び、学者は満足げにうなずく。
ところが、そのレールがほんの少しでも歪むと話は別だ。
欲望、恐怖、嫉妬、期待。
そうした人間の感情が暴風雨となって襲いかかる。
その瞬間、経済原理などというものは、砂浜に書いた文字のようにあっけなく消え去る。
心理学者として初めてノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』を思い出す。
市場を動かしているのは理性だと信じたい。
しかし実際には、理性の背後で蠢く欲望のほうが、はるかに大きな声で指図をしているのではないだろうか。
もし歴史を書き換えることが許されるなら、一度だけ試してみたいことがある。
ブレトンウッズ会議で、ケインズがホワイトに敗れたあの場面だ。
実力ではなく、背後にあった国力によって勝敗が決したともいわれるあの会議の結末をひっくり返し、ケインズを勝たせてみたい。
その後の世界はどうなっただろう。
もっと安定したのか。
あるいは、いま以上の混乱を生んだのか。
誰にもわからない。
そうした「もしも」に思いを馳せるのは、年を重ねたせいなのかもしれない。
近代以降、世界のほとんどの国はケインズとミルトン・フリードマンという二人の巨人の肩の上で経済を運営してきた。
いわゆる「大きな政府」と「小さな政府」である。
振り子は右へ、左へと揺れ続けてきた。
だが、世界経済がいま直面している問題は、その振り子だけでは測れなくなりつつあるようにも思える。
ケインズでもない。
フリードマンでもない。
その先にある第三の理論。
まだ名前すら与えられていない何か。
案外、人類が本当に探しているのは、その見えない壁のこちら側なのかもしれない。
経済とは、結局のところ、人間そのものなのだから。