大納言伊周さまが参上なされて漢詩文の事などを話されている。
いつものように夜が更けて、帝の御前に伺候している人々が一人二人と退出していく。御屏風や几帳の下、小部屋などにみな隠れ寝てしまったので、私たった一人が残されてしまった。
「丑四つ」
眠たいのを我慢していると、ずっと遠くまで届きそうな時を奏する声が聞こえた。
「明けてしまった」
ひとり言のつもりだったが伊周さまに聞かれてしまった。
「帝はもう御寝みになられました」
——聞かれてしまった、どうして声に出てしまったのだろう
他の女房は誰も起きていず、人のせいに出来そうもない。
帝が御前の柱に寄りかかって少しお眠りになられていた。
「帝を見て御覧なさい。もう明けてしまったというのに、このように眠ってしまわれるとは」
「本当に」
宮さまもお笑いになられたが、それでも帝は目を覚まされない。
その時、雑用係の女官の子供が鶏を捕まえた。明日、家へ持って帰ろうと思って隠して置いていたのを、何故か犬が見つけて追い回している。廊下の先にまで逃げて行き恐ろしいほどの声で鳴き叫ぶので、そこにいる皆が次々に起き出した。帝も驚かれになり目を覚まされた。
「いかにありつるぞ」
「鶏声、明王の眠りを驚かす」
——鶏人暁唱 声驚明王之眠 和漢朗詠集
伊周さまが高らかに声を出し吟誦された。
この時、この瞬間、今のこの状況にぴったりの詩を瞬時に吟じられるとは、素晴らしくて面白くもあり瞼が塞がりかけていた私の目も一気にその働きを取り戻した。
「これ以上ないほどの絶妙な詩ですね」
宮さまも絶賛されている。やはり、こういうことが面白いのだ。
次の日、宮さまは夜の御殿にお入りになられたので、夜中に廊に出でて人を呼ぶと伊周さまから呼び止められた。
「局へ下がるのなら、私が送っていこう」
裳と唐衣は屏風にうち懸けて置いていった。
月がとても明るくて、伊周さまの直衣がとても白く輝いて見える。指貫はとても長いので半分くらいを足で踏み包んでいるように見える。
「倒れるな」
伊周さまは私の袖を掴まえて、局まで連れて行ってくださる。私よりずっと年下だというのに、私を受け止めてくれたその力強さに迂闊にも心がときめいてしまった。
「遊子なほ残りの月に行くは」
——遊子猶行於残月 函谷鶏鳴 和漢朗詠集
今度はこの詩を吟誦されている、これもまた今の状況にぴったりだ。
「大納言さま、とても素敵です。この詩の中に包まれていくようです」
「……これくらいの事で褒めてくださるのですね」
伊周さまはお笑いになられたが、どうしてこのような素晴らしい出来事を讃えないでいられようか。