液晶の表示部にPEと点滅している血圧計に、老人たちが次々と吸い込まれていく。紙がでないことに不思議感を持ちつつ、測定に何度もチャレンジする。何人も何人も、何度も何度もだ。いつの間にか行列が出来ている。診察の前に体重と血圧、脈拍を測定するルールになっているからだ。以前は血圧計も2台あったのだが、どうしたことか今は1台だけである。後ろに並んでいる人達はいつまでかかるのかと、不快&不安な表情にどんどん変わっていく。どうなっているのか? と、覗き込みはするが誰も助けようとはしない。あまりに気の毒なので、「紙がない」ことを教えたが、分かったのか分からなかったのか? どこかへいなくなってしまった。それから3,4人、同じことを繰り返す。やっと5人目の老人が忙しそうな看護師に声を掛ける。
「これ、おかしいんだけど」
「あれっ、紙がないんだねえ」
事務方に伝えに行く。ロール紙を入れ替えてもらって、血圧計は正常に動作を始めた。
「高血圧の記録する用紙、渡したけど持って来てますか? 」
「いやっ、ない」
両手の親指と人差し指で、スマホより一回り位大きな長方形を作りながら、「前回、渡してるんだよねぇ、これくらいの大きさで白いやつ」と看護師は話している。
「いや、そんなの要らないと断った! いらねぇーんだよ、そんなのは」
「……、そっかー、失くしたんだね。今日、また出しますね。」
「そんなのは要らない。それより、それはどうするんだ?」
胸を張って横柄な様子で看護師にいい放つ。
「これは、こっちで預かるねぇー」
いちいち相手にしていたらキリがない。
本当に老人ばかりだ。と、斯く言う私も初老の域には達している。
昭和生まれの老人には、本当に横柄な男が多い。高度成長時代に日本を支えた自負だろうか? 頑固で横柄だから熟年離婚も多いのかもしれない。
先ほど血圧を計るのを諦めたおじいちゃんが戻ってきた。今度は紙も出てきて満足げな様子だ。
「体調は変わりませんね」
「はい」
今度は素直なおじいちゃんだ。
「血圧の手帳持ってないですよね? 」
「こんなのだったら持ってるけども」
「あー、それそれ」
「僕ねー、肋骨良く折るんだよね。その時にね……」
全く関係のない話を始めた。看護師さんは軽く聞き流している。
年配の男性に横柄な者が多いのは、看護師さんの対応にも問題があるのかもしれない。忙しいことで、きちんとした大人扱いの対応が出来ていないように見える。それゆえに、男は横柄になる。横柄な老人は相手にしてられない。だからもっと横柄になっていく。相手にする時間も勿体ないので、看護師さんの対応も自然と雑になってくる。まさに鶏が先か? 卵が先か? である。本当に病院の待合室はおもしろい。
「山本さん、山本ようこさーん」
次の患者が呼ばれた。
「はいはい……」
「酸素の値、これ、指で計るので、ちょっと消毒してもらっていいかなぁー。今回血取りますから。良くなってればいいねー。先生はいつもの佐藤先生でいいかな? 」
いつの間にか患者が増えたが、若者はたった一人しかいない。
尿と血液の検査と診察が終わり、会計の順番を待っていると、目の前の老夫婦が大きな声で話し始めた。夫婦で来ていると大概の奥さんは大人しいのだが、こちらの奥さんは勝気な感じだ。
ご主人の血圧測定のロール紙を見ながら何度も何度も力説している。血圧計にどう腕を挿入しているかについてだ。肘を下にして血圧計に腕を入れるんだよ、肘を上にして入れてるんじゃないのか? と。だって、そうでなければそんな結果になることがおかしいのだと、どんどん声のトーンも上がってくる、
「どうやって入れてるの? こうやってるの? こうやったらダメなんだよ。どうして、こんなになってるの? 入れ方がおかしいんだわ」
何度も何度もジェスチャーを交えながら訴える。どうやらあり得ない程低い数値だったようだ。
「俺も変だなぁとは思ったんだ」
ご主人は、聞き取れないくらいのか細い声でボソボソと返答している。これくらいが夫婦円満で良いのだろう。
さっきの横柄な老人が、今度は会計でもめていた。
「この中に未収だった時の扱いが書かれているので良く読んでおいてください」
「だぶって請求されることはないんだな! 」
「あります! 請求書を発行した直後に入金されればそういうことだってあり得ます。だけどね、だぶって受けとることはありませんから! 」
会計担当の女性も、だんだん声が大きくなっていく。早く捌かないとどんどん後が詰まってくるのだ。
横柄な老人のせいでもないだろうが、会計の前に老人たちが集結してきた。なぜ、混んでいる会計の前に立ったまま陣取るのだろう? 順番が来ないと呼ばれないのだから、十二分に空きのある椅子に座って待てば良いのに。
あちらこちらで説明に時間がかかっている。言いなりになれとは言わないが、少しは素直にかわいい老人でいられたら、この混雑も緩和されるかもしれないのだが。
「友の会入ったら、骨密度の検査も1100円追加で出来るんだよー」
「そしたら入ろうかな」
そうか、会計は診察費用を受け取るだけではなく、色々な営業活動もしなければいけないのか? お金にならない人の相手をしている暇はないな、ただでさえ忙しいのに。
会計が済んで次は薬局に薬を取りに行く。薬局には病院のような殺伐とした空気はない。まったりとした空間だ。平和が充満している。
「さっきの老人が来たら空気が変わるのかな? 」と考えていると、来た! さっきの老人だ。が、何もトラブルはなかった。
素直に薬を受け取って帰っていった。流石に薬は必要なので揉める理由はないということなのだろうか?
薬を受け取り仕事に向かったが、ここまでたった30分程の出来事だった。